2023年ワールドカップ男子バレーボール、パリ五輪の出場権をかけた激闘が続いています。
日本代表選手の熱い戦いぶりに、注目が集まっています。
そこで今回は、男子バレーボール日本代表選手の一人、
宮浦健人選手にフォーカスし、情報をまとめました。
宮浦健人の父、母、兄は元選手のバレーボール家族!
宮浦健人選手の家族は、全員バレーボール選手でした。
宮浦健人の父
父親は宮浦健人選手と同じ鎮西高校の出身でバレーボールの選手でした。
父親の名前や生年月日などの情報については、公開されていないので不明です。
宮浦健人選手の父親も、
宮浦健人選手と同様に鎮西高校で畑野監督の指導を受けていたそうです。
宮浦健人選手はインタービューで父親のことを次のように話しています。
父も鎮西出身で、畑野監督の教え子なんです。
引用:VOLLEYBALL HEROES
父親も身長185cmと高身長で、高校時代には、活躍していたようです。
また、その頃実績を買われ、鎮西高校でバレーの監督をしていたこともあったそうです。
宮浦健人の母
宮浦健人選手の母親もまた、バレーボール選手でした。
母親の名前や生年月日などの情報についても公開されておらず不明です。
バレーボールをやっていたと宮浦選手が語っていますが、
いつ頃やっていたのかは分かりません。
しかし、身長が170cm以上あるということなので、
バレーボール選手として、
実力があったのかもしれませんね。
宮浦健人の兄
宮浦健人選手の兄もバレーボール経験者でした。
宮浦健人選手には、兄が一人います。
両親と同じく、一般の方なので、
名前や生年月日などの情報は公開されていないので不明です。
宮浦選手が8歳の頃、両親と兄の影響を受けて
バレーボールを始めたということなので、
兄もバレーボール選手だったということになります。
学生時代まではバレーボールをしていたようですが、
身長もあまり高くなかったため、途中でやめて現在は、
普通のサラリーマンをしているとのことです。
宮浦健人の家族は全員バレーボール経験者
宮浦健人選手は、家族全員がバレーボール経験者で、
家族全員身長が高いことを語っています。
父母も兄もバレーをやっていましたね。
兄は身長が大きくなかったのでバレーは途中で辞めて、今は普通のサラリーマンをやっていますけれども。引用:VOLLEYBALL HEROES
(身長は)父が185cmくらいあって、母も170cm以上あるので遺伝的な要素があったと思いますけどね。
バレー選手としては小柄ですけど、兄も180cmくらいはありますし……。
宮浦選手は、家族全員がバレーボール経験者である
家庭で育ちました。
日常生活にバレーボールが普通にあって、
家族全員でバレーボールの情報を共有できるのはすごいですよね。
選手にしかわからない悩みなども理解してもらえるので、心強いことでしょう。
宮浦健人のプロフィール
宮浦健人選手がどんな方なのか紹介します。
宮浦健人のプロフィール
名前:宮浦健人(みやうら けんと)
愛称:ケント
生年月日:1999年2月22日(2023年10月現在24歳)
出身地:熊本県荒尾市
身長:190cm
体重:86kg
血液型:A月
所属:パリ・バレー
ポジション:オポジット
指高:247cm
利き手: 左
スパイク:347cm
ブロック:320cm
宮浦健人選手は、熊本県荒尾市出身、1999年2月22日生まれで2023年10月現在24歳です。
家族の影響で8歳からバレーボールを始め、高校、大学、と活躍し、日本代表選手にも選ばれています。
宮浦健人の経歴
宮浦健人選手の経歴を時代ごとにまとめました。
小学校:荒尾市立八幡小学校
中学校:鎮西中学校
高校:鎮西高校
大学:早稲田大学スポーツ科学部
小学校時代
宮浦健人選手は、8歳の頃、両親と兄の影響でバレーボールを始めます。
始めた頃はそれほど興味もなく、上手でもなかったため、サッカーもやっていました。
それでも、父の鎮西高校時代の恩師、畑野監督が鎮西中学校にバレー部を作るので入らないかと誘われ、
鎮西中学校を受験します。
中学校時代
宮浦健人選手は鎮西中学校に入学し、バレー部に入りますが、部員が集まらず、
2人しかいなかったため、試合には出られませんでした。
それでも、日々練習に励み実力をつけていきます。
中学校の3年間で身長もぐんと伸び、入学当時155cmしかなかった身長が、
卒業する頃には30cm伸びて185cmになっていたとのことです。
すごい変化ですよね。
高校時代
宮浦健人選手は、鎮西高校に入学し1年生からスタメンで活躍しますが、
腰椎分離症になってしまい、1年間の休養を余儀なくされます。
順調にスタートした高校時代だっただけに辛かったでしょう。
2年生になってからは病気も回復し、活躍しますが、
2016年、高校3年生の時、熊本地震に被災します。
実家は被害を免れたものの、1ヶ月間は学校生活も再開されず、
体育館も使用できなかったため、
片道1時間以上かかる福岡県の体育館を使用して練習をしてきたそうです。
そんな過酷な状況だった高校最後の年は、
残念ながら、春校バレーも1回戦敗退に終わっています。
大学時代
宮浦健人選手は、高校卒業後、早稲田大学に入学します。
早稲田大学を選んだ理由は、鎮西高校の先輩である田中健翔選手が
早稲田大学のバレーボール部に所属していて誘われたことと、
監督からも声をかけてもらったからということです。
期待されて入学したこともあり、1年生からスタメンで活躍し、
全日本インカレ4連覇を果たしています。
また、アジアユース選手権のU-19代表にも選ばれ、優勝に貢献しています。
<高校>
2016年:第68回 春の高校バレー 準優勝
<大学>
2017年:全日本バレーボール大学選手権大会 優勝
2018年:全日本バレーボール大学選手権大会 優勝
2019年:全日本バレーボール大学選手権大会 優勝
2020年:全日本バレーボール大学選手権大会 優勝
大学に在学していた4年間全て優勝はすごい功績です!
Vリーグ
宮浦健人選手は、2021年大学卒業後、
VリーグのジェイテクトSTINGSに入団します。
そして、入団してすぐにレギュラーとして活躍します。
2022年には、ポーランドのプラスリーグに所属するPSGスタル・二サへ移籍、
2023年には、フランスのリーグAに所属するパリ・バレーに移籍しています。
宮浦健人選手は、2021年から日本代表選手にも選出されており、
2023年10月現在、
日本代表チームの主力選手として活躍しています。
2023年ワールドカップバレーでは、重要な局面で起用され、力を発揮しています。
今回のワールドカップで、連戦を制し、パリ五輪出場権を獲得していただきたいですね。
まとめ
今回は、男子バレーボール日本代表選手の宮浦健人選手は、
両親や兄もバレー選手であったことと、
宮浦健人選手のプロフィールや経歴などについて紹介しました。
今後も宮浦健人選手の活躍を期待しています。